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仙台高等裁判所 昭和51年(う)129号 判決 1977年1月28日

被告人 木村博

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

控訴の趣意は、弁護人青木正芳の提出した控訴趣意書に記載されているとおりであり、これに対する答弁は、検察官提出の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、被告人は、天野運輸株式会社の下請として、同社との請負契約だけに基づき、不特定多数の者の荷物を運んだものにすぎず、荷主である不特定多数の者との間で直接運送契約を結んだのではないから、一般区域貨物自動車運送事業を営んだものではなく、従つて、原判決が被告人の所為につき道路運送法四条一項、三条二項五号、一二八条一号を適用して処断したのは、法令の解釈適用を誤つたものであつて、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れないと主張するものである。

そこで、所論の当否について検討すると、先ず、本件における事実関係として、原判決の挙示する各証拠によれば、(一)天野運輸株式会社は、東京都墨田区に本店があり、運輸大臣の免許を得て道路運送法三条所定の一般区域貨物自動車運送事業を営む会社であつて、全国各地に支店、営業所、連絡所をもうけていること、(二)被告人は、昭和四三年ころから自家用の貨物自動車で免許を受けずに運送業をはじめ、最初は一人でやつていたが、その後車の台数をふやし運転手も雇うなどするようになつたこと、(三)天野運輸においては、昭和四五年ころから貨物運送の仕事が多くなり、自社の車両だけではまかない切れないため、免許のある正規の運送業者に運送の下請をさせるほか、被告人のような無免許の業者にも自社の請負つた運送の仕事をさせるようになつたこと、(四)被告人は、昭和四六年六月ころから、天野運輸の東京、千葉、仙台などの各支店、営業所、連絡所から依頼を受け、同社が荷主から請負つた貨物運送の仕事を下請し、同四八年六月末ころまでそれを続けていたこと、(五)右の期間中、昭和四七年四月から同年一〇月ころまでは被告人の設立した有限会社木村産業が、会社として天野運輸の仕事を下請したものであり、それ以外の期間は被告人が個人として下請運送をしたものである(もつとも、会社の場合でも実質は被告人の個人経営と同じことであつた)こと、(六)天野運輸が被告人又は有限会社木村産業にさせた貨物運送は、天野運輸が不特定多数の荷主から請負つた各種物品の運送であり、その区間も、例えば大阪から東京、東京から長野、仙台から名古屋というように種々不定であつたこと、(七)右の各運送につき荷主との間で契約を締結し、運賃のとり決めをするのは専ら天野運輸であつて、被告人又は木村産業が直接荷主と交渉するようなことはなく、被告人又は木村産業の貨物自動車は天野運輸の名前で運送にあたつていたこと、(八)被告人は毎月末日までの運送実績をまとめて天野運輸に対価の請求をし、天野運輸ではその翌々月一〇日に支払をしていたものであり、その支払額は天野運輸が荷主から受領する運送賃のおおよそ九割であつた(いいかえれば、荷主の支払う運送賃の約一割を天野運輸が天引し、残りを被告人又は木村産業が取得していた)こと、(九)被告人は、右のように天野運輸から依頼されて運送にあたり対価の支払を受けるほかは、天野運輸と特段の関係がなく、同社の従業員ではなかつたのであつて、自己又は木村産業の所有する自家用貨物自動車(少ない時で一台、多い時は一五台くらい保有していた)を使用し、被告人自身が運転するか、あるいは被告人又は木村産業の雇傭した運転手が運転するかして、前記の運送にあたつていたものであり、右自動車の修理費、燃料費、雇傭した運転手の給料などは、天野運輸から受領する運送費でまかなつていた(時には赤字になることもあつた)こと、(一〇)被告人は、以上に認定したような被告人又は木村産業の運送行為が法律の禁止するところであるとの認識を有していたこと、以上のような諸事実が明らかに認められる。

右の事実関係を前提とし、道路運送法一条に定める同法の立法目的を考慮し、また同法の各条文をも総合して検討すると、被告人について原判示のような事実を認定したうえ、これが道路運送法(以下単に法という)四条一項、三条二項五号、一二八条一号に該当するものとして有罪とした原判決の認定、判断は正当というべきである(本件において、検察官は、前記(四)、(五)に認定した各運送行為のうち、有限会社木村産業による運送行為を除外し、被告人の個人としての運送行為のうち証拠によつて特定できる部分を訴因として起訴したものであり、原判決も右訴因の範囲内で事実認定をしたものと認められる。)。すなわち、前記した諸事実によれば、被告人が天野運輸の単なる従業員、労務提供者でなかつたことは明らかであり、被告人は、反覆継続して不特定多数の荷主の多種多様な貨物を各方面に運送し、運送賃を得ると共に、運送の用に供する貨物自動車を保有し、その修理費、燃料費、運転手の給料などの経費をみずから支出し負担していたものであつて、無免許で一般区域貨物自動車運送事業を経営したものといわなければならない。もつとも、前記認定のとおり、被告人は天野運輸から運送依頼を受けただけであり、不特定多数の荷主から直接運送依頼を受けてはいないのであるが、そのことは一般区域貨物自動車運送事業を認定することの支障となるものではない。法は「特定の者の需要に応じ」た運送事業を特定自動車運送事業とし、それ以外の有償自動車運送事業を一般自動車運送事業としているのであつて、事業者が荷主から直接依頼をうけることを要件としていないのである。本件の運送が「特定の者の需要に応じ」た運送であるとは決して考えられない。なお、被告人の本件運送を天野運輸の従業員などによる運送と同視し、被告人自身に自動車運送事業の免許がなくとも道路運送法に違反しないとすることの許されないことも、法の趣旨、目的からして明らかである。

以上のとおり、原判決の事実認定、法律判断は相当であり、法令の解釈、適用に誤りがあるとはいえないから、論旨は理由がない。

そこで、刑訴法三九六条、一八一条一項本文により、主文のとおり判決する。

(裁判官 中島卓児 千葉裕 鈴木健嗣朗)

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